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また、何幼児期の育ち方がどうであれ、誰でも価値ある人間として受け入れられたいという欲求がある。
こうした自然のニーズは、いい人になろうとする訓練によって深刻でゆがんだものに変わる。 その結果、受け入れられたい願望と人のよさが結びついたら、いずれすべての人間が完壁主義者になってしまうかもしれない!まわりの人たちを喜ばせさえしたら、彼らに受け入れられて、自分は満たされるだろうと思ってしまうのだ。
受け入れられたいという思いは何も特別ではないし、自然なものだ。 が、いい人になる訓練を受けてきた私たちは、すでに受け入れられていても、自分が大切に思う人たちには「ぜったい」によく思われなくてはならないと考えがちだ。
社会に受け入れられ、成功するために世間や親が教える、たとえようもなくすばらしい人間をイメージし、そうなって社会から一目おかれたいと、ひたすら自分をけしかける。 果てしない努力を続けたあげく、ほんとうの自分でいることも、その喜びも、そがれてしまう。

これは最も深刻な間違いだ。 これを達成したときに、親や先生、大好きな叔父さんたちからほめられたといった、心温まる思い出がもとになっているかもしれない。
逆に、子供時代のからかいや拒絶、過剰な期待感や批判といった。 つらい思い出が原因なら、心の傷を消し去ろうとか、けっして楽しくはない癒しの方法を探そうとしている場合もある。
いい人が勘違いしている「完壁主義」とは次のようなものだ。 不可能なことをしようとする、ばかげて無益な試み。
必要以上に心配が大きくなり、ストレスが悪化する。 失敗すると死にたくなる。
大事な時間とエネルギーのむだづかい。 ほんとうの友情が育たない。
懸命に喜ばせようとする相手を、やがて恨むようになる。 命にかかわる病気を引き起こす。
けっして満足することのない状態に陥る。 自分はだめな人間だと思い、きびしい自己批判をする。

自分の人生を他人に預ける。 最後の項目はとくに強調したい。
自分の人生を築くのは自分しかない。 それは人間の特権であり、責任でもある。
社会が基準を決め、他人が意見を言うのはいいとしても、彼らが私たちの人生を決定づけ、やるべきことすべてを支配するのは間違っている。 反対や拒絶を恐れて、他人にコントロールされれば、必要以上に自分を否定してしまい、こだわりのない人間関係を築けなくなる。
これだけは、はっきりさせておこう。